「阿斗様、どこにいらっしゃいますか?」
「あ、子龍!!」
向こうから元気よくかけてくる子供を見つけると、安心したように微笑む。
「阿斗様。今から殿…いえ、父上様のところへ向かいますが阿斗様も」
「遊ぼう子龍!ずっと待ってたんだよ?」
「…ですから阿斗様、私の話を」
「あーそーぼーうーよー!!」
いわゆる「アレ買ってー!!買わないとやだー!!」的な
暴れ方を初められてしまい、苦笑がちに子供を見つめる。
「……では、少しですよ?そのあと父上様のところへ行」
「わかったってば!!やったー♪子龍と遊べるー!」
その無邪気な子供は、満面の笑みを浮かべて駆け回っている。
―――…懐かしいものだ。ついこの間のように思い出される…あの、長坂での戦。
敵の中を単騎駆けしたあの時、この腕で確かに抱いていた赤子が、こんなに大きくなっているのだ。
年取ったなぁとか、考えつつ。
「阿斗様は今…お幾つでしたっけ」
「僕?僕は五歳!」
…あれから約五年は経っている。
それは老けるはずだ。もうすぐ三十路なのである。
「子龍は?子龍は何歳なの?」
「…私ですか?私は…もうすぐ二十九になります」
「うわー、すっごい年上だね。カッコイイなぁ」
「そうですか?」
何がカッコいいんだか。
僅かにそう思ったのは秘密である。
「ねぇ、子龍が僕を助けてくれたのはいつなの?」
「…え?」
「父上が言ってたよ。子龍が、僕を助けてくれたんだって。
"趙雲がいなかったら、お前は今生きていないんだ"って、言ってたよ」
殿はそんな話までこの子にしていたのか。
呆れたような恥ずかしいような…妙な感覚に陥った。
「今から約五年ほど前、阿斗様がまだ小さな赤ん坊のときですよ」
「そうなんだー。あ、そうだ。なんで助けてくれたの?子龍にとって、僕は家族でもないのに」
無邪気な質問。
ここで、なんとなく…とか、気が向いたからとか適当に答えたらどう思うだろう。
そんなわけはないが…と、自分で自分に笑う。
「それは…殿のご子息ですから」
「ふーん」
「私が阿斗様を連れ、殿のところへ無事を知らせに行く…それは、正しいことだと思いました」
何千という敵の中を、小さな赤ん坊を抱えて、たった一人で駆け抜ける。
恐い、とは思わなかった。
その時はただ、助けたい、としか…考えてなかったから。
「…ですが、その時殿から言われたんです」
「え?」
目を伏せながら、笑う。
「子を得るのは容易いが、お前のような将を得るのは又とない事だ、と」
言われて、あの時涙が滲んだことを覚えている。
自分の…一人の子供よりも、一人の将をを心配するその心。
あの人にしか出来ないことだと、心から思ったのだ。
「…でも、そこで子龍が死んでたら嫌だよ。父上の言ってることはよくわかんないけど…」
にっこりと、笑う。
「子龍はすごいんだね」
―――――…すごいんだね。
何回も何回も木霊して、消えなかった。
勿論、それがお世辞じゃないことは…わかっていたけれど。
今まで誰に言われても、素直に頷けなかった言葉。
なのに何故だろう、この子から言われると、嬉しい。
「…ありがとうございます」
優しく頭を撫で、微笑む。
と、彼も嬉しそうに笑って、抱きついてきた。
「ねぇ子龍、肩車して!」
「…いいですよ。落ちないように気をつけてくださいね」
「うんっ」
今はまだ、彼が笑っていられるように。
乱世を正し、皆が平和に暮らせる世にする為に。
「…阿斗様」
「なぁに?」
ゆっくり、ゆっくり歩きながら。
「ありがとうございます」
彼はなんのことかわからないようだったが、
それは駆けることで驚かせて、誤魔化した。