無礼講。

それは席次などをやかましく言わず、全部の人がくつろいで楽しむ宴会のことである。

そして今、呉軍の有する大きな船の上で、それは行われていた。

「よっしゃあ!!皆幾らでも飲んじまえ!!!」

「うおぉおおおおおぉっっ!!」

野太い男共の声の中に、僅かに女性群の声も混じりつつ。

飲めや歌えやと、今日は久々に戦という現実から離れての宴となっていた。

豪華な料理に、大量の酒類。大人も子供も分け隔てなく、笑い声が木霊している。

そんな中、一際楽しそうに見えたのは孫策…呉の現在の君主だった。

「ほらほら、お前も飲めよ陸遜っ」

「えっ…いえ、私はまだ未成ね…」

「んなこと言わねぇでホラ、飲めってば!」

殿に言われて断るわけにもいかず、酒の入った杯を手にしたのはいいだのが、

幾らなんでも酒を飲むなどという行為はどこか抵抗があった。

今まで嗜んだ事もないというのに、急に飲めと言われても困るものなのである。

そして一番は、酔ってしまった時。何をしでかすかわからないし、何より"二日酔い"が恐怖だった。

軍師にとって頭を使えないというのは致命傷以外のなんでもないのである。

酔っていようがいまいが、この人は酒を勧めてきたことには違いないだろうが。

「どーしたぁ?まさかお前、その歳にもなって飲めねぇとか言い出すんじゃねぇだろうな!?」

「え…」

「俺が17の時なんてなぁ、親父に付き合って酒くらい飲んでたぜ?ってことで、お前も飲め!!」

「そんな無茶苦茶な…」

「だーぃじょうぶだって。そんな強くないからさ」

「……」

透明なその液体を見つめる。

なんら水と変わりないように見えるのに、こんなにも飲むのが恐いなんて。

あぁーもう、なるようになれだっ。

ぐいっと、勢いのままに杯を傾けて一気に口内へ流し込む。

途端に、今までに味わったこと無い変な味が口の中を支配し、胸が熱くなっていくのを感じた。

胃袋が火傷しているかのように熱い。水を一気にがぶ飲みしたい衝動に駆られた。

「どーよ?酒ってのも美味いもんだろ?」

孫策はただ、他人事の様に楽しそうに笑うだけだった。

が、陸遜の様子がおかしい事に気付くと、先刻までとは違う引きつった笑みを浮かべる。

「はれ…世界がまわってる〜…?」

「ってオイ、陸遜?もう酔ったのか…?」

「との〜…?はれ、私は…らにしてたんれしたっけ?」

フラフラと千鳥足で歩き出す陸遜を咄嗟に支えると、孫策はマズったな…と頭を掻く。

とりあえず部屋で休ませようと考え、陸遜に向き直った。

「おい陸遜、お前部屋に戻っ…」

「ね、との〜♪」

「え?」

ぅちゅ。

その途端、うるさいまでの声が消え、静寂が辺りを包んだ。

勿論、注目の的は孫策と陸遜であり…。

「にゃはは〜。殿ってば顔真っ赤れすよ〜?」

「な、なっ…お前なぁっ!!!」

「可愛いれすね〜、殿って。そんな顔してると襲っちゃいますよ〜」

「ばっ…」

「あはは〜♪」

そして目に付いた杯に酒を汲むと、先刻同様一気に飲み干して、口許を拭った。

辺りは先刻までの騒ぎ方と違い、どちらかというとざわめいていた。

陸遜がこんな酔い方をするとは誰もが想像しておらず、取り合えず止めなければ収拾が付かなくなってしまう。

そこで、うろたえる孫策の前に周瑜が名乗り出てきた。

「陸遜、その辺にしておけ」

「ん〜…?周瑜どのじゃないれすか。楽しんれますか〜?」

「話を聞け陸遜!!!」

凛とした声でそう言われ、さすがの陸遜も身体を竦ませ口を閉じる。

その様子に満足したらしい周瑜は軽く溜息をつき、挑む様な眼で陸遜を見つめた。

「幾ら婿養子だろうと軍師だろうと…私の孫策に手を出す輩はただじゃ済まさん!!!」

出た。

周瑜もまた酔っているのだと周りの誰もが気付き、肩を落とした。

どうやらまともな人間はもう残っていないらしい。

「え〜?別にわらしはそんなつもりじゃないれすよ〜?」

「じゃあなんだ!!いきなりキスなど…断じて許さんっ!!!」

「うぅ〜ん…じゃあこれでいいれすかぁ?」

「なに…」

気づいた時には遅かった。

陸遜の手が顔に触れたと思ったときにはもう、唇が触れていた。

すぐに離れるだろうと周瑜も、誰もが思っていた。が、陸遜はニヤリと笑って周瑜を見つめる。

そして、舌を使いゆっくりと唇を開かせて…。

「ん、んぅっ…?!」

突然のことに周瑜も驚きを隠せずにいたが、そんなことお構いないしに陸遜は舌を動かし続けている。

それが何とも楽しそうであり、誰もが彼の本性なのではないのかと内心ビクビクしていたのだが。

「ぷはぁっ。どーれすかぁ?これでお相子れすよ〜」

「…ば…ばっ、ば…馬鹿者が!!そういう意味じゃなくてだな…っ!!」

「あははは〜。たのしいれすね〜今日は」

にこにこと笑顔のまま、またどこかへと歩き出す。

そのとろんとした瞳、赤くなった頬…それらをみると此方が何かしたくなりそうなほどなのだが、

実際はその隙もなく彼のほうから何かされるのだ。積極的な彼は少し意外な姿である。

相変わらずの千鳥足のまま、その部屋を出ようとした時…誰かにぶつかった。

「ぉ…っと。大丈夫か?」

「凌統殿?今までろちらに居たんれすか?」

「ちょっとな。ってか、アンタもう酔ってんのか?」

「酔ってらいれすよ〜?」

返事とは裏腹に呂律が回っていないのを見て、完全によっているのだと確信する。

ったく、軍師サマを酔わせてどうすんだっつーの…。

「取り合えずほら、水。水飲んで落ち着け」

「ん〜…?」

「ほら」

丁度良く置いてあった杯に水をいっぱい汲むと、零さないように陸遜へ手渡す。

「凌統殿は?喉渇いてますか〜?」

「はぁ?…乾いてるけど」

訝しげに答えると、彼は嬉しそうに笑ってから水を一気に飲み干した。

すると何を思ったかぐいと服をつかまれ半強制的に下を向かされて…。

「ちょっ…んんっ…?!」

反論しようと口を開いたのがマズかった。陸遜の舌が入り込み、そのまま水が流れ込んでくる。

生暖かい水。舌に促されて、自然と喉の奥へと消えていく。

が、そのあとも陸遜はまだ唇を離さずにいて、困った。

腕力でなら勝てると確信できていたのに、圧倒的な力に反撃すら出来ないのだ。

「ん…んぅ…っ」

と、急に肩を押されそのまま床に倒れこんだ。

気付けば、上には陸遜が覆い被さっている状態になっている。

そこでやっと唇を離した陸遜は満足げに笑い、華奢な手で優しく頭を撫でてきた。

「潤いました〜?わらし巧いれしょう?キス」

「っつーか…早く退けっつーの!重いんだよ!」

「何言ってるんれすか。わらしはそんなに重くないれすよ?」

「そーじゃなくてっっ!!」

ジタバタと暴れても全く通用しておらず、彼は不思議そうに見つめてくるだけだった。

このままでは何をされるかわからない。っていうか、こんなの見られたくない…。

もう一度押しのけようと、凌統が腕に力を込めた…その時。

陸遜が退いた。否、退かされた。

恐る恐る上を見れば、そこにいたのは今一番会いたくない人物が…。

「か、んねい…?」

「へぇ…ふぅん?お前こういうのが好みだったんだー…」

「ち、ちがうっ!!俺はコイツに迫られてただけだっつーの!!」

「なに迫られてるんだよ。あぁ?だから言っただろ、テメーは無防備過ぎだってんだよ」

「ちが…そうじゃなくてっ。コイツ酔ってんだよ!!だから水飲ませようとしたら…っ」

「…酔ってる?」

え、と手に掴んだままの陸遜を見てみれば、顔は赤いし身体は熱いしで…酔っ払っているようだ。

なんで未成年が此処まで酔うんだと若干疑問に思いつつ、その手を離す。

「おい陸遜、テメー何酔ってんだ。ほら、もう部屋戻れ」

「え〜?嫌れすよぅ。まだ始まったばかりれすよ?」

「ばぁか。子供はもう寝る時間なんだよ」

「何で子ども扱いするんれすか!子供じゃないれすよ!!」

「ふぅん?じゃあ何か証明出来んのか?」

「証明…れすか?」

「そ。出来たら、まぁ…オレもうるさく言わねぇでやるけど」

「んん〜…そうれすねぇ…」

顎に手を添え、どうすれば認めてもらえるかを必死に考えているようだった。

どうあっても認めるつもりはないのだが、陸遜がその術を持っているとも思えない。

多分そのうち、痺れを切らして口で反論してくるに違いない。

勝ったな、と勝利を確信していると、彼はこちらを振り返って、微笑む。

「いいれすよ。大人らって証明すればいいんれすよね?」

「あ?あ、あぁ…」

「じゃあ…もうちょっとこっち来てくらさい♪」

「へ?」

ひらひらと手招きされ、誰もいない廊下へと出る。

月明かりが何とも綺麗だ。光が海で反射してより一層輝いている。

が、景色に感動する暇もないままに引っ張られ、何事かと思ったときには景色が回っていた。

刹那、背中と後頭部に衝撃が走り、熱と痛みを感じて押し倒されたのだと理解する。

何をするつもりなのかと見上げれば、彼は何か企んだような笑みをしていて、少しドキリとする。

「おぃ?お前一体何を…?」

「らにって…襲ってるらけれすよ?」

「襲っ…」

「子供じゃ出来ませんよねぇ?わらし巧いれすよ〜」

「ちょ、待て待て待て!!ヤメロ陸遜っっ」

「なんれれすかぁ。証明しろって言ったのそっちじゃないれすか」

「まさかこう来るとは…じゃなくて!!フザけるのもいい加減に…っ!」

「ん〜…でも、甘寧殿は今までいいなぁって思ってましたよ〜?」

「へ…」

ちゅ、と触れるようなキスの後、陸遜は照れたように笑う。

「にゃはは、皆大好きれすけろね?甘寧殿はいつも明るくれ強くれ…素敵だなぁって」

「……」

「―――――…凌統殿が羨ましいです」

「?お前、呂律…?」

一瞬、酔いが醒めたのかと思った。

真っ直ぐに見つめる瞳も、声も…酔っているそれとは明らかに違ったから。

だから、それだから今、ドキッとしてしまったのだろうか?

「陸そ…」

「だから、襲いますよ」

「え?」

「始めから何もないなら、作ればいいらけじゃないれすか」

「ちょ…マジで?」

「……らめ、れすか…?」

「う…」

うるうるの瞳で見つめられると弱い。

が、ここで承諾でもしてしまったら先刻凌統へ言った言葉をそっくりそのまま返されそうで恐い。

奴がこの状況を知ったらどう思うだろうか?

今、凌統は孫策に連れられて中で飲んでいるはずなのだが…。

「って、おぃっ!!なに脱がせてんだっっ」

「上くらいいつも脱いでるじゃないれすか。何で恥ずかしいんれす?」

「だぁーっっ。脱がすな脱がすなっ!」

「強情れすねぇ…」

そっと、耳許へ唇を寄せる。

「…本気で食べちゃいますよ?」

ドクン。

なんだこの声は。今までに聞いたことの無いような…逆らえない声だ。

顔が赤くなるのが分かる。鼓動が徐々に早くなる。身動きが、取れない。

「ほら、自分で上着脱いでくださいよ。私の為に」

嫌だ。嫌だ。

そうしたくないのに、手が動いてゆく。勝手に、動く。

どう抗っても逆らえない。それが、ただ恐い。

「ふふ、可愛いれすねぇ…甘寧殿も。いつもと違って」

「ばっ…」

「本当に襲っちゃおうかなぁ…一層のこと」

既成事実作れば奪うのも容易いれすよね?と。

案外本気のようなその口ぶりに、さすがの甘寧も恐る恐る口を開く。

「あ、のなぁ…取り合えずお前、部屋で休め?」

「えぇ〜…?なんれれすか?」

「マジで…酔いすぎだぜ?お前」

そう、これは全て酔っているだけ。酔っているからこんなことになるのだ。

甘寧はぐったりとしたまま彼の肩を押し、上半身を起こす。

「な?取り合えず今日は休…」

ギョっとする。

気付けば彼はポロポロと涙を流しながら、此方を見つめていた。

「り、りりっっ…陸遜っっ!?」

何か悪いことをしたつもりは一切なかったから尚更、オロオロと慌てる。

が、陸遜は涙を止めることも無いままに口を開いた。

「ろうして…」

「え?」

「わらしは甘寧殿が好きならけなのに…好き、らから…ただ傍に居たいらけなのに…」

それが叶わないことが…ただ、辛くて。

「…酔ってるぜ、陸遜。お前」

「酔ってらい…」

本気なんだろうことは理解できた。

けれど、自分じゃどうすることも出来ない。どうしようも、ない。

だから、ちょっとだけ…抱き締めた。

「…甘寧殿?」

「うっせーな、テメー勘違いすんなよ。…取り合えず落ち着け」

子供をあやすような手つきで、頭を撫でられて目を瞑る。

心地よい感覚。もっとずっと、こうしていたい。ただ、ずっと。

それが無理なことくらい、とっくの昔から知っているから、せめて今だけでも。

「…陸遜?」

大人しくなったのを見計らって顔を覗きこむ。と、彼は静かに寝息を立てて眠っていた。

なんだ、やっぱり酔っ払いかよ…。

先刻までのことも、全部酔っていたからしたことだと…無理矢理納得させて、立ち上がる。

コイツがオレの事を好きなはずが無い。

「なーんて。取り合えず寝かせるか…」

抱き上げて、歩き始める。

きっと全部、嘘であって欲しいと、願いながら。



































叶えられない願いがなんで、こんなにも大きく存在するのか、とか。

ただ苦しいだけだけれど、それでも、貫いていたい気持ちだと、思った。