「今日はまず原点に戻ってみようと思う」

静かに言うと、エドワードは真正面にいるアルフォンスに向って言う。

「エメラルド板とは何ですかアルフォンス君」

「ハイ先生、エメラルド製の板に錬金術の奥義が記されている伝説のことです」

「正解。一元論と全一思想と万象流転…つまりはヘルメス思想が読み取れるわけだ」

パタン、と本を閉じると、エドワードは落ちてきた眼鏡を押し上げて更に問う。

「ではその"全一思想"とは何ぞや。これはもうわかるだろ」

「ハイ先生、全は一、一は全のことです」

「正解。"全は世界、一はオレ"ってのはまさしく大正解なんだよな実はこれ」

「"己"を鍛えることは"宇宙"にも影響を与えると言うことですね先生」

「よく勉強してますねアルフォンス君。先生嬉しいザマス」

「ハイ先生、先生の為に勉強しました」

「流石ですアルフォンス君。では本命賢者の石ですが」

「ハイ先生、先に言いますけど作り方は知りません」

「まぁ素直な子。先生嬉しいザマス」

「ありがとうございますでも本当に知りません」

「そう…それは残念ザマス。先生作り方知りたかったアルヨ」

「ハイ先生、キャラが変わってます」

「っだ――! もー…やめ!どこをどうひっくり返しても賢者の石の製造方法がぁあ…!」

「…わからないものはわからないんだから仕方ないよ」

眼鏡を取り、そのままの勢いで机に突っ伏す。

アルフォンスは苦笑しながら言うが、このところ有力な情報は得ず終いであり、

エドワードのように脱力するのも無理はなかった。

「畜生…なーにが足りないんだろ…」

「全ての物が第一質料から出来てるんだったら人間が材料って言うのも…おかしくはないよ」

「! …だったら人間じゃなくたって作れるはずだろ」

「それは…そうだけど」

「確かに人間が一番適してたかもしれないけど、それは適してるってだけで

絶対人間じゃなきゃ駄目だ、とは誰も言ってないはずだ」

「うーん…」

出来ることなら他人の命を犠牲になどしたくは無い。

きっとどこかに、別の製造方法があるはずだ。

「そもそもどんな形してるんだろうな?やっぱ石か?」

「でもマルコーさんは…」

「形状は石であるとは限らない、か…」

「うん。色々あったもんね、文献読んでみてると」

「その所為でまたこんがらがるんだよなぁ…」

「錬金術師ってそんなものだからね。捻くれてるっていうか」

「いくら自分の手の内を明かさないっていっても、意味わかんねぇっての…」

「液体なのか固体なのか、無機物なのか有機物なのかさえわからないからね…」

「柔らかい石とか石であって石で無いとか、真紅の粉末とか…どれだよ、っていう」

「賢者の石っていうくらいだから石だと思ってたのにね」

「やっぱアレじゃね?カトリック教徒が云々言う」

「えーと…石は絶対的な真理のイメージだったっけ?」

「それそれ。そりゃあ石である必要があるわけだ」

「難しいよね、なんだか」

それに二人して苦笑した。

今までずっと追いかけてきたものが、それを知るに連れて

徐々に徐々に遠くなっていく。近づくと遠ざかって、遠ざかると更に遠くなる。

どこをどうしても…どうしようもなくて。

「そういや人造人間?アレも石作るとかどうとか言ってたな」

「何で必要なんだろうね。ほとんど不老不死状態なのに」

「んー…やっぱさ、そう生まれるのにも色々あるんじゃないのか?」

「…人間になりたい、ってこと?」

「多分な。ないものねだりとはよく言うよ。オレたちは不老不死を、アイツらは死を」

「そっか…」

「生まれてよかったけど、生まれなければもっとよかった、みたいな」

「不老不死も考えようによっては辛いものがあるからね。ボクはちょっとヤだ」

「同感。キツくないか?それって」

「うん。どう考えても年取ってから先のほうが長いしね」

「ジジイで過ごすのはごめんだよなぁ…」

「老後の心配しまくりだよね」

「老人センター行くにも行けず、ってか」

「あ、でも人造人間は年取らないんだっけ。容姿そのまんま?」

「うわー要らない心配したぞオレ達」

「それ以前にボクら人造人間じゃないしね?」

「そうそう、そこからおかしいっての」

馬鹿みたいなことばかりしか話題が出てこなくて

でも、そんな話しか今はしたくない。

ただの現実逃避とも言うのだろうが。

「でもさ、人間になる為に多くの人の命を犠牲にするってのはどうよ?」

「一人の人間が生まれる為に、か…微妙だよね」

「もし、もし賢者の石に限りがあるとすれば尚更だよな。相当キツイ」

「まぁ人口爆発を防ぐにはいいのかもしれないけど」

「間に合ってるっての」

「…己の欲望の為だけに平気で人を犠牲に出来るっていうのは許せないよ」

「それを言えばオレ達もだろ。やってることは人造人間と変わらない…」

奴らは人間になるために

オレたちは元の身体に戻るために

どちらにしろ己の欲に従っているのには違いない。

「それにさ、オレたちは…自分達の過ちを清算する為、っていうか」

「結局は人造人間よりボクらのほうがひどいのかもね。…自分勝手にも程があるよ」

「…でも」

「うん」

元の身体に、戻りたい。























「さぁーてもうすぐ図書館も閉館だろ?帰るか」

「うん」

きっとその方法が

「今日はもうさっさと寝る!すごいキツイぞオレは…」

「ボクも精神的にすごい疲れが…」

誰も苦しまないような方法が

「何でだろうな?今日は雑談しかしてないのに」

「話題が話題だったからじゃないの?」

「どういう意味だよ」

「いや、深い意味はないけど…」

そんな方法が見つかると信じて

「まぁ…別にいいけど」

「あはは…ほら、とにかく戻ろう?」

「わーってる」

それが厚かましい事だとしても

「あー腹減った…」

「燃費悪いなぁ兄さん…先刻パン食べたばっかりなのに」

「成長期なの!」

「はいはい…」

ボクらはきっと、これからも

























これからもそんな厚かましい考えしかもてなくて

きっと、誰よりも、貪欲で

「絶対お前だってそうなるから。戻ったら一番に試すぞ」

「あはは。楽しみにしてるよ」

難しい理論も何もかもひっくるめて







































ボクらはこれからも、"生きて"いく。