どこまでも続く青い空。

あの人の着てる、あの服を連想させる色。

綺麗で、好きな色だけど、だけど

なんでこんなに天と地では…違うのだろう。






































銃の音が何発も聴こえてくる。

遠くから、近くから。風の音、砂の擦れる音に混じって確かに聴こえる。

「あーぁ。もうこんなになっちゃった」

真っ青だった服も、今となっては赤黒い染みと汚れが目立つようになってしまっていて、

ついこの間まで着づらいとばかり思っていたのも、今となっては思い出である。

所々破れ、焦げ、見ただけで"戦った"のだとわかる服だ。

「伏せろ」

静かに響く、低く…澄んだ声。

目線だけ彼のほうに向けて、身体を深く、深く沈みこませる。

その瞬間に大規模な爆発が起こり、しばらくの間、爆風と熱がが辺りを支配した。

でも、彼は立ったまま。

「…熱くない?」

「慣れたから」

「……ふぅん。そっか」

立ち上がる。

見れば、先刻までいた何百という人間の姿がそこにはなかった。

吹き飛ばされたか、あるいは焼けたかのは定かじゃないが、此処にいないその事実だけは確信できた。

「躊躇い無いってすごいね。オレじゃ無理」

「此処は戦場、だ。死ぬ気でいるならそれでも構わないが」

「とか言って、子供にもあんなマネできんの?アンタは」

「…出来るさ」

それが命令なら、と。

声といい態度といい、いつもの彼とは違う…軍人のそれになっていると、なんだか絡み辛い。

このピリピリとした雰囲気の中で和めと言う方が無理はあるが、その豹変振りには驚かされるものがある。

いつもはほけーっとして仕事をサボっては部下から怒られ、気がつけば女が寄って来るような奴が

戦場では何の躊躇いもなく何百、何千と言う人間を、次々と…"錬金術"で殺していくのだ。

知っていたとはいえ、少しショッキングな映像ではある。

炎と同じ色の血が飛び、肉片が散り、悲鳴が轟く。砂はどこか赤みを帯びていて、所々煙が上がっている。

まさに地獄絵図だ。埋まっている腕を引き抜けば、その下に身体はなかったりして。

でももう、そんな光景にさえ慣れてしまっているのだからしょうがない。

「これ終わったらリゼンブールに帰らなきゃなぁ。機械鎧の調整してもらわねぇと」

「背でも伸びたか?」

「あ、わかる?っつーか声変わりしてんの気付いてた?」

「…そういえば低くなったな。前より」

「やっと大人の仲間入りってやつ?これで堂々と夜の街を歩けるワケだ」

「オメデトウ」

「どーも。つーかもっと祝え。盛大に」

「帰ったらなんでもさせてやるよ」

それはつまり、やりたいようにやっていいということだろうかとか考えながら、

頭を彼の胸に預けた。

「鋼の?」

ゆっくり上を向けば、少し驚いたような顔で見られていた。

華奢な手がゆっくりと髪を撫でるその感覚が妙に心地よくて、目を瞑る。

「…どうした」

「ごめん、ちょっと眩暈しただけ。だいじょぶ」

「ここ数日は眠れなかったからな。大丈夫か?」

「何言ってんの。オレってばまだ若いからさぁ」

「それだけ言えれば十分だな」

強い力で肩を押されてしまい、強制的に離される。

恨みがましい目で見つめれば、彼は苦笑してふいと背を向けた。

チラリと見えた横顔。

その瞳はどこを見つめているのか知らないが、エドワードでさえ怖気づくような瞳をしている。

近づけば殺される。見つかったら最期。

そんなキャッチコピーが合いそうな雰囲気を醸し出しているようだった。

と、彼と一瞬だけ目が合って、照れたように笑った。

「銃、大丈夫か」

「弾ならちゃんと補充済み」

「ならいけるな」

彼は視線を逸らす事無く、両手に嵌めた手袋を調える。

大分使っていた所為か、焦げたような色と血の色、肌が見え隠れしていた。

使ってみたいなぁ、なんて。

「敵が来た。恐らくは先刻の爆発を聞きつけてきたんだろう」

「へぇ…って、アンタの所為かよ」

「先刻からの時間からして敵軍の32中隊か34中隊、人数は約数百人程度」

「多いじゃねぇかよ。程度って」

「此方は二人、増援を呼んでもニ、三分は掛かると考えていいだろう」

「………で?」

引きつった笑みを浮かべながら、そう問う。

振り返った彼は、何か企んでいるようなそんな笑みを浮かべていたから、降参というかのように肩を竦める。

「いけるか?」

「大佐殿、オレを誰だと思ってらっしゃいますか」

「国家錬金術師、鋼の錬金術師サマ」

「じゃあ敢えて訊くけどさぁ、それって愚問だろ?」

「…そうだな」

見つめた先には、黒い服を着た人間(恐らく男だと思われる)が次々と走ってきている最中で。

「だったら決まり」

にやりと笑ったその時、男達は綺麗に一列に並んでいた。

「回り込んで囲めば一発だろうに」

物騒なことを平気で言ってから、彼はゆっくり腕を伸ばす。

それと同時に、男達がいっせいに銃を構えた。

「撃て!!!」

妙に高い男の声が響いて、断続的に銃の音が鳴り響いた。

何十、何百…耳がおかしくなりそうなその音はしばらく続いて、なり終わってもまだ耳が正常に機能しなかった。

最も、それが弾き返される音と大きな大きな爆発の音が一番堪えたのだが。

「終わった?」

ひょっこりと、練成した壁の横から顔を出す。

そこに見えたのは、ただ真っ赤に染まった砂と、遠くにある無数の黒い物体だけ。

そこからは微かに煙が上がっているようにも見えた。多分焼死体だ。

「鋼の、一旦引くぞ」

「え?」

「また敵が来る」

ぐいっと引っ張られ、強制的に立ち上がらされたと思ったら全速力で走り出す。

地面が地面だから走りにくかったが、今は彼についていくので精一杯で、何も考えられない。

無言のまま、走り続ける。

しばらく景色さえ変わらなかったが、ふと周りを見れば、壊滅した町の中を走っているのに気付いた。

女性や子供まで、たくさんの死体がごろごろと転がっている。リゼンブールの人たちと重なって、嫌になる。

「…っ?」

と、何かが光った。

反射的に横を見れば、そこにいるのは先刻の男達と良く似た、銃を構えて此方を見ている男…。

肉眼で見えるのは3人程度。が、もし此処が敵の拠点と化していたら?

―――――ヤバイ。

「大佐っ…!」

咄嗟に、彼に覆い被さるようにして二人、地面に伏せた。

それから間髪入れず防御の為の壁を練成し、安堵の息をつく。

間一髪被弾は避けられたようだが、彼の腕からは血が流れていてぎょっとした。

「な…アンタ大丈夫かよ?!右手っ!!」

「どうやら銃だけじゃなかったらしいな。ナイフ投げられた」

「何冷静に言って…毒は!?毒塗られてなかったか!?」

「そこまで頭が回っていなかったか、あるいは咄嗟だったか知らないが…毒はないようだ」

どうにか止血をしようと思ったが、生憎破れるような布は持ち合わせてなかった為、

取り合えず右手を練成した後軍服を破ろうと思った…のだが、腕を掴まれてそれは阻止された。

なんで、と目で問いかければ、彼は無言のままでゆっくりと手袋を外し、それを右手に包帯のようにして巻きつけていた。

「どうせもう、使い物にならなかったし」

「でもアンタ…錬金術はどうやって…」

「手首切れてるから止血が先。とりあえずライターは持ってるから」

手首から溢れる血を人差し指で拭い、素手に血で錬成陣を描く。

どうだ?というかのように見せ付けられ、呆れたように溜息を付いた。

無理するのもいい加減にしろっての。馬鹿。

「とりあえずこのエリアから抜けなきゃヤバイって。敵が普通に潜んでるし」

「既に敵国の拠点といったところか…失敗したな」

「本当だよ。ったく、何早速ピンチになってんだか…」

「今、中尉たちがいる小隊が此方に向っている。君が思うほど悪い状況じゃないよ」

元々はホークアイ中尉等のいる小隊を含む中隊の指揮官として戦場に立っていたのだが、

気付けばエドワードと二人、戦場に立っていて少し焦ったのは秘密である。

まだ戦闘経験の少ないエドワードを同じ部隊に配属したのがそもそもの間違いだったのかもしれない。

色々教えているうちにこんな状況になってしまったのだ。まぁ、五分五分といえばそうなのだが。

「今は生きることだけを考えろ。いいな?」

「はーい、マスタング大佐」

「よろしい」

目が合って、笑い合った。

その雰囲気の間に、そっと手を伸ばして、その柔らかい黒髪に触れる。

その後、ゆっくり手を滑らせて唇へ。

くすぐったそうに身を引かれ、思わずムッとした顔をした。

「…場所考えてるか?」

「いいじゃん。一回くらい」

「あのな」

「駄目?補充させてよ、大佐」

もう喉カラカラ、と。

彼は呆れたようにまた微笑んで、目を閉じた。

多分それは承諾だととっていいのだろう。微笑んで、彼にゆっくり近づく。

そして彼の唇を指でなぞったあと、自分のそれを重ねた。

誘うように緩く唇が開いて、するりと舌を入り込ませる。熱くて、どこか甘い彼の舌。

彼は逃げることもなく触れてきて、柔らかい舌を絡め取る度に、痺れるような甘さが口の中に広がっていく。

ここ数日何も甘いものは口にしていないのに、こんな味がするのは、きっと。

「……ん………ふ…」

それはどちらの息遣いなのかわからない。

二人とも、相手を陥落させようと夢中になる。時が経つのも忘れるほどに。

「…っはぁ……」

しばらくしてゆっくりと離れると、唾液が透明な糸を引いて二人を繋いでいた。

もう一回唇に触れて、自嘲気味に笑う。

「…っはは、此処戦場だっつーの」

「全くだ」

「ま、頑張りますか。死なないように」

「…あぁ」

彼の声と同時に、聞きなれた爆発の音が聴こえた。

咄嗟に彼から引き寄せられ、少しドキドキしたのは秘密である。

「なに?今の守ってくれたの?」

「場所が近かったから。危ないかなーと」

「ありがと」

笑ってから、見えた男の方へ銃を向けた。

「オレも頑張らなきゃな」

人を殺めるという行為には、流石に慣れそうにないけれど。

「ま、アンタの為に?」

「それはどうも」

そんな素っ気無い返事を返してくれるアンタが、大好きだから。



























引き金を引けば、真っ赤な血を噴出して人が倒れた。