アルを守ろうとした。

なんだろ、条件反射?みたいな感じで勝手に身体が動いて、

目が覚めたら病院に居たからどっちかっていうとそっちにビビった。

熱いような痛いような疼く感じがして、恐る恐る腹見たら傷跡があるし…

あぁ、オレってなにやってんだろーなぁ…とか。

















弟はどこか申し訳なさそうな態度で接してきた。

「ごめんね兄さん、ボクの所為で」

「はぁ?なんでお前の所為なんだよ。オレが勝手に怪我しただけだし」

自嘲気味に笑う。けど、アルはまだ俯いたままだった。

「…兄さんはボクを守ろうとしてくれた。だから」

「あーもう…。オレね、そういうウジウジしたの大嫌いなわけ。だからもうこの話は終わり。いいな?」

「……うん」

まだなにか言い足りなかったみたいだけど、アルは素直に頷いた。

こういうところはよく出来てるものだと思う。

そう言われてもギャンギャン言い続ける自信は、あるから。

「じゃあ、ボクは宿に戻るね」

「おぅ」

アルは立ち上がって、ふと部屋を見回した。

「スペースがあったら此処に泊まるんだけど…」

「それはまた…なんで」

「兄さん自分の立場分かってる?色々危ないんだから」

「ふぅん…」

「じゃあね。安静にしてなきゃ駄目だよ」

「へいへい」

アルは苦笑して、静かに部屋を出て行った。

一気に静かになる部屋で、ただ一人だけ。

何をすることも無い時、人は大抵考え事をするけど

こういうとき考えるのは大概がネガティブな考えで。

その所為でまたテンションが大幅に下がって、一人で居ることが恐くなる。

真っ白な部屋の中、いつか自分もこの白に溶けてしまいそうで。

―――此処まで堕ちたオレでも、白になれるかはわかんないけど。

「……はぁー…」

ふと、軍部の面々の顔が思い出された。

そのうち、この知らせを聞きつけた軍人達が叱りに来るに違いない。

来るだけならまだいい。叱りに、というのが一番の問題だ。

知ったようにあーだこーだ言うけど、それを一番分かってるのは自分自身だから

正直、一発殴ってそれで終わりの方がまだマシだ。そうじゃないと逆切れしそうになる。

「……………あ」

俯いた顔を上げて見えた壁に掛かっているカレンダー。

今日の日付の隣、明日の日付を見てハッとした。そういや明日誕生日だ、オレ。

16歳になるっていうのに、何で病院なんかで過ごさなきゃなんないんだろう。

どうせなら一人で…いや、誰かと一緒に楽しく過ごす方がまだマシだ。

歩けない怪我じゃないし、脱走くらい簡単に出来るし…やろうかな、とか

そんなことを考えながら、窓の外を見る。高さ的に一階だ。向こうに見える家と窓の高さが同じだから。

「んー…」

ぼふっと音を立てて、ベッドに寝転がる。

そういや、明日誕生日って誰か知ってんのかな。

知るわけないか、とすぐに否定して、眠りに就いた。




















脱走は案外簡単なものだった。

服を着替えて、錬金術で扉の鍵を閉めて…窓から外に出る。

病院の人たちは自分のことに精一杯で、誰かが脱走してるなんか思いもしない。

だから、普通に外に出れた。

いや、脱走がそこまで出終わりなら成功かもしれない。

けど、このさきが一番難しい。病院側にバレずに、かつ街に出て知人と会わないこと。

よりにもよって中央に居る今、それはあり得ないほどに難しいものだった。

軍部の面々が脱走に気づく前に楽しんで戻るでもしなきゃ、軍部と追いかけっこだけは絶対に嫌だ。

「いっ…」

と、腹に激痛が走って壁に寄りかかった。

傷口が開いたわけではなさそうだが、先刻軽く走ったのが原因…かもしれない。

血液が流れるリズムで痛みが走る。音が伝わる。

そっと腹を押さえ、顔を歪めながらも歩き続ける。

「やべ…とりあえずどうしよう…」

逃げ出したのはいいが、どうするかまでは考えてなかった。

意外とすることもない。だけど病院よりは絶対マシだから、とりあえずふら付くことにした。

此処までくればもう、意地だ。抜け出したからには戻らないと言う意地が、身体を動かしてた。

っていうか、中央は何回も行ったり来たりした所為で、行ったことのない場所なんてのは殆どない。

街の中は何処も近代的であまり和めるような場所はなかったけど、まぁ…それなりに楽しかった。

けど。

「ぃった…ぁ…」

先刻以上の激痛に、思わず膝を突いた。

咄嗟に腹を押さえると、何か生暖かい液体が手に付いたのが伝わってきて、焦った。

やべ、傷口開いてきた…。

「くっそ、もう戻るしかないか…っ……」

少しずつ、けど確実に血は流れ始めている。

とにかく平静を保って、バレないうちに病院へ戻るしかない。

ゆっくり立ち上がると、痛みにふら付きながらも歩き始めた。

鼓動のリズムに乗って、血は流れ痛みが襲ってくる。

少しずつ頭がぼんやりと、熱っぽい感じがしてきて、だけどそこは根性で耐えた。

と、倒れそうになった拍子に思い切り人にぶつかった。

倒れなかったのは支えてもらっているかららしい。うわ、オレかっこ悪ぃ…。

「……すみませ…」

「…鋼の?」

「―――――え」

聞き慣れた声に顔を上げると、そこには今一番会いたくて会いたくない人物がいた。

なんで此処にしかも私服で居るんだコイツは。

「ごめん、なんで私服」

「今日は非番だから」

「大佐クラスが非番でいいのかよ」

「いいに決まってるだろうが。それよりお前、大丈夫か?」

「あ?」

「病院抜け出してきて、その様子じゃ傷口…開いてるんだろう」

「………」

「それは黙認、と取っていいのかな」

声の前に溜息が聞こえた。あーあ、呆れたんだろうなぁ。絶対。

もう色々最悪だ。最悪。最悪。

なんかもう痛みにも慣れてきて、寄りかかったままだったから離れて、立ち上がった。

「あーくそ、もう情報回ってたんだ、入院」

「あぁ。私は昨日知ったんだが…昼か夜には見舞いが来ると思うぞ」

「げ…」

「まぁ、今は情勢が情勢だから今日、とは断言できないが…今週中には来ると思っていたほうがいい」

「……」

今度はこっちが溜息。

何が楽しくて入院なんかしないといけないんだろ。

コイツも、オレを病院に戻らせるつもりなんだろうなぁ…。

「あ、そうだ…鋼の」

「…なに」

またスカーが出たのかと思って振り返った。

いや、どっちかって言うとアレ。病院に連れ戻されるんだって思って少し俯いてた。

ら、思いもよらない一言が耳に入ってきて、思わず顔を見つめた。

「…誕生日おめでとう」

久しぶりに見た、嫌味のない笑顔に見蕩れてた。…けど。

誕生日おめでとう?…オレに?

―――――って、今それを言うか?

「……」

でも、ちゃんと憶えててくれてるなんて思わなくて、なんでだろ…

自然と目頭が熱くなってきて、それを知られたくなくて抱きついた。

「…鋼の?」

「憶えててくれるなんて思わなかった」

「え?」

「アル以外は誰も、知らないモンだって思ったから…しかもアンタが

言ってくれるなんて思わなかったから…すげぇ嬉しいだけだよ。ありがと」

コツン、と額を薄い胸に預ける。

華奢な手が優しく髪を撫でてくれた。

「ね、大佐」

「なに」

ゆっくり顔を上げると、目が合って、笑った。

「誰にも見つからないいい場所、知ってる?」

見つめながら、問う。

するとヤツはクスクスと笑いながら、手を伸ばしてくる。

「いいよ」

オレがその手を握ると、優しく、でもどこか共犯者のような笑みを浮かべてた。

「―――――おいで」

導かれるように、歩き出す。



















「怪我、大丈夫じゃないんだろ」

「……」

「血は?止まってるか?」

「…多分」

「―――愚問だろうが、病院に戻る気はないんだろう?」

「…うん」

ソファに座って俯いたまま、素っ気無い返事を返してた。

思いっきり呆れてるような声だったけど、反論するのも面倒だった。

実際、痛いのは痛いわけだし。

「病院で…しかも一人だけで誕生日を過ごすのは楽しくないな」

「…そりゃぁ」

「出来ることなら今すぐにでも病院に連れてって一発殴りつけたいところなんだが」

「やってみろ返り討ちっつーか寧ろテメェも入院だよ同室に」

「だけど」

グラスをテーブルに置いて、伏せ目がちになる。

思わずオレも、開けてた口を閉じてた。

「…誕生日に一人で過ごすことが楽しくないって事くらい、知ってるからね」

氷が硝子と擦れあって高い音を響かせる。

熱い頭じゃなんにも考えられそうになかったけど、この人もしかしたらボッチだったのかなぁとか

意外と冷静に考えながら、ただじっと…見つめてた。

実際に、"一人"っていうのはこれが意外と寂しくて、キツくて

変な感情をどこに向ければいいかわからなくなる。見えなくなる。

だから一人にされると苦しくて、だけど一人きりにもなりたくて…わからなくなって。

「でも久々に来たかも。此処」

「…私もあんまり帰ってなかったから汚いだろ。怪我人にはあまり良くない環境で悪いな」

「別に。まぁ…ゆっくり出来るから」

グラスに入ってたはずのワインは既に飲み干されてて、空になってた。

もうそろそろ酔ってくるかなぁとかちょっとテンションを上げつつ、ゆっくり身体を起こす。

けど、やっぱ傷口がすげぇ痛くて、すぐにソファに寄りかかったんだけど。

「大佐、中佐が死んだの、辛かった?」

「…何を急に」

「べーつに。オレさ、まだ信じられなくて」

苦笑する。

振っちゃいけない話題だったかもしれないなんていうのは、わかってたけど。

「人が死ぬとさ、今まで以上に恋しくならない?」

「?どういう意味だ」

「今まではなんてことなかったのに、すごく会いたくなったりすることあるだろ?」

「…そりゃあ……まぁ」

「あーあ。つーことはアレ、大佐はしばらく中佐のことで頭がいっぱいって事かー…」

「はぁ?」

思い切り不機嫌そうな瞳で睨まれて気圧されたけど、頬が赤くなってるから全然恐くなかった。

つーか、今日は酔うの早い気がすんだけど…。

「オレってばすげーいい子ちゃんだって思わない?

 恋敵のことを憎むどころか心配してやってるなんてさー」

「心配してるのかソレは」

「ね、結局のところ…オレの事好き?」

「黙ってろ」

「ねぇったら。好きなんですかー?」

「…煩い」

ここぞとばかりにベタベタベタベタしてたら

その華奢な手で目隠しされて、口を塞がれた。多分、口で。

「―――――分かりきったことだろう?」

頬が熱くなったから、絶対顔が赤くなってるって確信できた。

手を外されて顔を見つめてみれば、奴は機嫌良さそうに笑っている。

…なんだそりゃ。

こっちはこっちで嬉しいような、でもなんか負けたみたいで悔しいっつーか。

「…さぁてぶち込んでくるか病院に」

「あ、さては看護婦目当てか。オレという者がありながら…」

「そうだな、美人看護婦でも捕まえるか」

「ひっでー!!最悪!!もういいよ一回死ね…!!」

「お前が死ね。いっそ死ね」

「んだとこらぁ…あ゙ぁ〜…」

「奇怪な声を上げるな。ホラもう病院行くぞ」

「ぅげぇ…」

引っ張られて、立ち上がる。


























結局、弟とか看護婦とか医師とか軍人達にこっぴどく叱られたけど

結構楽しかったからそれでいいや、とか。そんなこと考えてた。